インターンシップウェブ スタッフコラム

 

インターンシップ総合研究所スタッフによるコラム

日々、仕事を通してインターンシップの学生さんや受け入れ企業の方から勉強させていただいていますので、毎月1つの原稿をそれぞれが心を込めて書いています。仕事って?就職って?考えさせられるコラムが満載です。

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「仕事ができるようになることよりも大切なこと」  代表取締役 藤井徳樹

先日、うちのスタッフと話をしていて、次のようなコメントを聞いた。
「理不尽なことも受け入れていくのが仕事をしていく上で重要なんだということが最近つくづく分かりました。」 と。

これを聞いて、私は次のようなことをコメントしました。

「その通りだけれど、そもそも、それは考え方が逆だ。」 と。

「この世に人として生まれた限り、人生の大きな目標の一つは、『人間性を高める』ということであり、それは 『人としての器を大きくする』 ということ。

それから比べると 『仕事ができるようになること』 はちっぽけなことで あり、
『人としての器を大きくする』 ことよりも重視してはいけない。

もちろん、『人としての器を大きくする』 ことを努力している人は結果として 『仕事ができる』 人が多い。逆に 『仕事ができる』 人でも 『器の 大きくない』 人はいくらでもいる。

『器を大きくする』 ために、実は 『仕事をしている』 んだよ。」 と。

器が大きいとはどういうことかというと、許容量(キャパシティ)が大きいということ。よく 「一杯一杯なんです」 という言葉を聞くが、これは許容量(キャパ)が小さい、ということ。
そうなりやすい人はキャパを大きくする必要がある。

どういう訓練が必要かというと、それは 「受け入れる」 「許す」 という こと。 他人の言動に対しすぐにムッとする人はキャパが小さい。「恨み」 「憎しみ」 は幼稚な感情。

自分の調子がよいときは誰でも人に親切にでき、笑顔でいられる。 重要なのは、調子が悪いときにいかに 「私は今、機嫌が悪いんだよ」 という オーラを出さずに笑顔でいられるか。

社会人にもなると、仕事以外では、嫌な人とは付き合うことはあまりない。逆に仕事(職場)こそが、自分が受け入れ難い人と接したり、状況をつくったりする学びの場。

特に組織が安定している大企業では、仕事ができる人ではなく器の大きい人が上に上がっていく。そういう人が本来は人の上に立てる人。

そして、人の上に立てば立つほど、自分が真正面で責任を持って関わっていく人の人数が増え、「受け入れがたい」 状況をより多く経験するよ うになる。「自分であればこういうことはしないのに」 「こんな言動を するとは信じられない」 と。

組織のトップに立てば、時には 「許しつつも教育的指導をしていく」 こともあるが、それも許容範囲の中で行われる。

現状、受け入れられなかったことが受け入れられるようになってくると、 自分のレベルが上がり、今まで厄介だった人がまわりからいなくなった り、気にならなくなる。そして次の大きなハードルがまたやってくる。

ではどうしたら、人を許せるのか。

みなさんも、日本史で習ったと思いますが、親鸞の 「悪人正機説」 が分 かりやすい。ケードロをやったことがあると思いますが、あの警察と泥 棒に分かれる遊び。 (地域によって呼び方が微妙に違うらしいが。)

これと同じことをこの人生でもやっているそうです。生まれる前に、善人役と悪人役に分かれ、自分が善人だとしたときの悪人役と打ち合わせをする。

「こういう時に、俺が嫌なことをするけれど、それを君が許すための訓練だから頑張って成長してほしい。」 と。

まわりの嫌な人は実は自分の器を大きくしてくれるために嫌々ながら悪人を買ってくれているのだ。誰しも悪人役にはなりたくない。それをやってくれているからこそ、「悪人正機説」 は、「善人なおもて往生をと ぐ、いわんや悪人をや (善人は天国に行ける、ましてや善人の成長のた めに悪人役をやってくれた人は天国に行けるに決まっている。)」

なのです。(かと言って悪いことをすることを正当化してはいけません。 かつての江戸時代の一揆がこの「悪人正機説」により自己正当化した人たちの行動でした。)

簡単なところからでよいので、「このやろー」 を 「ありがとう」 に変えていってみてください。例えば、マナーの悪い人を見てムッとするよう なことがあれば、感謝の気持ちを持つとやがてそういう人は目に入らな くなりますよ。人の短所が見えなくなっていく。

スピルバーグの映画 「シンドラーのリスト」 を観たときに、このことを実感しました。ナチスドイツに大虐殺されたユダヤ人。

映画の中や、付録としてついている生存者のインタビューでも、「悲しみ」 「感謝」 は表現されていましたが、「恨み」「憎しみ」は一切なかったのです。これが世界を牛耳るユダヤ人の強さだと思いました。

無抵抗で立ち上がってくる人ほど怖いものはありません。

北朝鮮問題など、まだまだ世界は利権争いが絶えませんが、「攻撃」 よりも 「許す」 ことが平和のキーワード。

戦争なんてやめてほしい、と思う皆さんこそが身近で行っている身内や他人との 「戦争」 をやめ、「受け入れる」 「許す」 ことができれば、世の中はよい方向に向かっていくでしょう。いじめもなくなります。

身近な人すら許せない人が国政にまわったら、戦争を肯定するようになってしまいかねません。今は意志決定する立場ではないから気楽に戦争反対、と言えているような気がします。

これからの5年間、世の中が激変し、より器の大きな人が有用になってくるようです。私も日々勉強です。立場上、常に 「これも許すのか」 という出来事が多いですが、悪戦苦闘しつつも笑って乗り越えています。

一緒に社会を支える人材になっていきましょうよ。
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